慰安婦問題について、いろんな報道: 続・慰安婦騒動を考える、慰安婦騒動、中国が梯子を外す日。上海師範大に中韓慰安婦像・・・と韓国の華城市長。上海の大学に「慰安婦少女像」、中国では初設置、日本総領事館は懸念。2014年4月産経、中国が仕掛ける根拠不明の「慰安婦30万人」 …記憶遺産申請も

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2016年12月4日日曜日

続・慰安婦騒動を考える、慰安婦騒動、中国が梯子を外す日。上海師範大に中韓慰安婦像・・・と韓国の華城市長。上海の大学に「慰安婦少女像」、中国では初設置、日本総領事館は懸念。2014年4月産経、中国が仕掛ける根拠不明の「慰安婦30万人」 …記憶遺産申請も

ユン・ミョンスク博士
意外なことに、先日除幕式が行われたばかりの
中国当局が圧力を加えているという。

中国という国は、韓国を日米から引き離し
味方に引きつけられそうだと思えば、
ハルビン駅に安重根記念館をオープンするし、
日本の国連常任理事国入りが気に入らねば、
官製デモ隊に日本大使館を襲撃させるような事をするが、
状況が変われば簡単に反日運動の梯子を外すだろう。
そういう国である。
韓国と違い、国民も慰安婦問題に興味はないから気兼ねもいらない。

中国政府の圧力が日増しに強まっているというのは、
運動家が韓国向けに危機感を煽っているだけかもしれないが、
中国当局の態度には表と裏があるという話は本当かもしれない。
日本の外務省から連絡を受け、中国の日本領事館、
中国の外交部→上海人民政府が大学側に圧力をかけたという話は
具体的である。上海の日本総領事館が蘇智良教授に直接電話をかけ、
教授がYesともNoとも答え(られ)なかったというのは、
政府の意向を懸念しているからかもしれない。

既にアメリカはこの問題から手を引いた。
韓国政府も一応は日本と手打ちをした。
「12・28合意により韓国では打撃が大きかったが、
いままさにその問題に本格的に対処し始めた中国は違う」
「中国では今が重要だ」と、中国に期待する韓国人運動家らだが、
そう上手くはいかないかもしれない。
韓国が日本を叩いている限り、
中国は中韓vs日本の構図を作れるが、
日韓が和解してしまえば、中国は日本を叩いても
日本の恨みを買うだけである。
日韓合意は、アメリカだけでなく、
中国をも慰安婦騒動から撤退させたかもしれない
(まだ分からないが)。

[インタビュー]「上海の『韓中平和の少女像』も
 「先月、韓国と中国そして米国、ドイツの市民社会の協力で
中国上海師範大学の校庭に建てられた『韓中平和の少女像』が、
日本政府の執拗な撤去要求に悩まされている。
上海市当局は少女像の撤去
または室内への移転を求め圧迫している。
少女像の設置を主導した上海師範大学の蘇智良教授と
中国慰安婦問題研究センターや学生などが
日本と中国当局を批判し抗議しているが、
このまま行けば室内移転の結論が出る可能性が高い」

 9月から中国慰安婦問題研究センター
(所長・蘇智良)の客員研究員として上海に滞在している
ユン・ミョンスク博士(55)は「少女像の室内移転は
すなわち日本に屈服することであるため、
少女像の建立に参加した京畿道華城市(ファソンシ)など
韓国の市民社会もこれを守る運動を応援してくれるよう願う」と伝えた。
 日本の一橋大学での博士学位論文を基に書いた
「朝鮮人軍慰安婦と日本軍慰安所制度」
(訳チェ・ミンスン、而学社出版)でよく知られたユン氏は、
講演のためにしばらく帰国した22日、
ウィチャットなどのSNSを通じて
少女像を守るための世論が広がっていると伝えた。

 上海師範大学東部キャンパスの芝生に、
伝統的な服装の
「韓中平和の少女像」が並んで建てられたのは
10月22日。米国、カナダ、オーストラリアに続き、
海外で5番目に作られたこの少女像は、
韓中少女像建立推進委員会と第2次世界大戦歴史保存連合会、
そして華城市や上海師範大学が
「日本軍慰安婦被害者の名誉と人権回復のために」
力を出し合って建てた。
昨年、ソウル城北区(ソンブクク)東小門洞(トンソムンドン)に
作られた「韓中平和の少女像」と同じ作品であり、
韓国人少女像はキム・ウンソン、キム・ソギョン作家夫婦が、
中国人少女像は中国清華大学美術学部の
潘毅群教授(55)が制作した。
韓国側の少女像建立推進委が市民の募金で
3000万ウォン(約287万円)を制作費として拠出した。

韓中が力を合わせ上海師範大学に建てる 
日本側は、10月の除幕式前日から攻勢 
最近中国当局も「室内移転」を要求 

「寄付金集めてくれた韓国市民社会にも持ち分」 
蘇智良教授らは「守る人々」の支援を期待

 日本側の露骨な撤去圧力は、
少女像の除幕式前日から始まったとユン博士は伝えた。
「10月21日午後4時頃、上海の日本総領事館から
蘇智良教授に直接電話があり、
設置しないでほしいと要請された。
上海には日本企業も多いので
両国の交流協力にも良くないという趣旨の話もされた」。
蘇教授は「何も返事をしなかった」という。

 蘇教授は1993年頃から慰安婦問題を調査し、
研究書籍も出してきた。
「蘇教授は中国人慰安婦(中国居住の
朝鮮出身者慰安婦を含む)の口述調査もかなり行い、
民間人から寄付金を集め、毎月被害者と確認された方々に
生活費の支援もしている」とユン博士は伝えた。

 現地と日本のメディア報道を総合すると、
10月22日午前に少女像の除幕式が開かれると、
その日の午後日本の外務省が東京の中国大使館に
少女像の撤去を要請し、中国の日本総領事館も
上海師範大学に少女像の撤去を要請する電話をかけた。
その後から中国政府側の圧力が
さまざまな経路を通じて入ってきた。
「22日午後から中国外交部は上海市人民政府の外事事務所に連絡し、
上海市人民政府はまた上海市教育委員会に、
そして上海市教育委員会は上海師範大学に連絡をした。
最初は少女像に幕をかぶせて人目につかないようにするよう言った。
しかしすぐに要求内容が少女像の撤去に変わった。
その後、11月10日頃からは再び少女像を
博物館内部に移動させよという要求に変わった」

 これに反発した中国人たちの要求で、
中国外交部はブリーフィングを通じて
強硬な態度で繰り返し原則的な立場を明らかにしている。
「しかし実際には、中国当局の公式な対外反応と
内部の対応は異なり、二重的だ」

 「中国慰安婦問題研究センターは、少女像の移転を拒否している。
しかし、(中国)政府の圧力が日増しに強まっている。
上海師範大学は少女像の設置を許可してくれたが、
当局の圧力にどれくらい持ち堪えることができるかわからない」
 ユン氏は
「日本軍慰安婦問題は、日本という国家が犯した
歴史的な犯罪事件だが、今再び国家が
民間の少女像設置事業に関与して
撤去ないしは移転を強制するのは容認できない」と話した。


という「大一サロン」の広告 (上海師範大慰安婦研究センター提供
上海大一サロン 2013年04月16日
中国は慰安所史跡を保存するべきか―中国メディア
配信日時:2015年10月24日(土) 19時20分 
ナザレのイエスと佛陀と道元の思想の深化 ブログより

韓国に置かれて議論を呼んでいる
「慰安婦像」が中国で初めて設置されました。

上海に設置された像は韓国人と中国人、2人の少女をかたどり、
去年、中国と韓国の団体がソウルに設置した像と同じものです。
中国に慰安婦像が設置されるのは初めてです。
像は中国での慰安婦問題研究の拠点となっている
上海師範大学の構内に置かれ、
慰安婦に関する資料約100点を展示する
「博物館」の開会式も併せて行われました。
像の設置について、
上海の日本総領事館は大学関係者に懸念を伝えています。
開会式には、慰安婦の資料について
ユネスコ世界記憶遺産への登録を目指す韓国や中国、
日本などの団体関係者が多く集まりました。

上海師範大学で除幕された慰安婦像
(22日、上海で)=鈴木隆弘撮影
中国で初めてとなる慰安婦像の除幕式が

上海の大学に「慰安婦少女像」、中国では初設置
2016年10月22日 18時39分 読売新聞
【上海=鈴木隆弘】中国・上海の上海師範大学で
22日、慰安婦を象徴する少女像2体が設置され、除幕が行われた。
大学関係者によると、中国での慰安婦像の設置は初めて。
設置主体である同大の中国慰安婦問題研究センターは、
今後も民間団体と協力し、
国内外に慰安婦像の設置を進めるとしている。
2体は、昨年秋にソウルに設置された像と同様のもので、
中国人と韓国人をかたどっている。
同センターは、国連教育・科学・文化機関(ユネスコ)の
「世界記憶遺産」に、慰安婦問題の関係資料を登録申請した
日中韓の民間団体などへの支援も行っている。

韓国華城市(ファソンし)庁 ソウル特別市から南へ30 - 65kmに位置する。
後述する沿革の通り、市域はもともと水原郡であった地域から、
水原市をはじめ、都市化の進んだ烏山市などに分離されていき、
最後まで残った地域が市制施行して成立したものである。
総人口 540,832 人

といっても、昨年ソウルの公園に設置された
韓中平和の少女像」と同じ物らしい。
当時から関係者は、上海の大学にも設置すると予告していた。
作者が無償提供したと言われているが、
諸費用は韓国の華城市で集めた寄付金で賄ったようである
(これについては、後日もう少し詳しく)。
華城市は市長が先頭に立って慰安婦問題を煽っており、
慰安婦像の海外拡散にも熱心。
先月チェ・インソク市長がナヌムの家を訪れ少女像の海外設置と
正義財団への後援を約束したばかりである。
市の平和の少女像推進委員会は、
昨年カナダのトロントに慰安婦像を建てている(私有地)。
慰安婦40万人説の蘇智良教授がもう一人のキーマン。
水原市長といい、華城市長といい・・・。


中国・上海に初の少女像設置 韓国市民団体が寄付
2016/10/22 11:00 KST 聯合ニュース
【華城聯合ニュース】中国に慰安婦被害者を象徴する
少女像が初めて設置された。
 ソウル近郊の京畿道華城市は22日、中国・上海師範大で
「韓中平和の少女像」の除幕式を開催したと明らかにした。


外国に設置された少女像としては、米国の2カ所、
カナダとオーストラリアの1カ所に次いで5カ所目となる。
 この少女像は華城市民が約3000万ウォン
(273万円)を寄付し設置された。
 韓国と中国の伝統衣装を身につけ並んで座る2体の少女像は、
慰安婦被害者の名誉回復のために製作された。

10月22日 18時35分 NHKニュースウェッブ
中国・上海の大学に、慰安婦問題を象徴する
中国人と韓国人の2人の少女の像が設置され、
現地の日本総領事館が大学関係者に懸念を伝えました。
慰安婦問題を象徴する少女の像が設置されたのは
上海師範大学の構内で、22日午前、
中国と韓国の関係者が記念の式典を開きました。
像は両国の芸術家が1体ずつ制作して
大学に寄贈したということで、それぞれの国の
伝統的な衣装を身につけていすに座っている
中国人と韓国人の少女をかたどっています。
同様の2人の少女像は去年、
韓国のソウルにも設置されましたが、
大学の関係者によりますと、
中国国内に設置されたのは初めてだということです。
この大学には慰安婦問題の研究機関があり、
関連の書籍や写真など
を展示する博物館も22日オープンしました。
また討論会も開かれ、出席者たちは
慰安婦問題に関連する資料を
ユネスコ=国連教育科学文化機関の
「記憶遺産」に登録する必要があると主張しました。
少女の像の設置について、上海の日本総領事館は
大学関係者に懸念を伝えました。
外務省も東京の中国大使館に懸念を伝えたということです。

2016.10.22 12:53 【歴史戦】産経ニュース
上海に中国で初めての慰安婦像、
【上海=河崎真澄】中国上海市の上海師範大学で
22日、「慰安婦」を象徴するという中国人と韓国人の
2人の少女を模した像の除幕式が行われた。
関係者によると、中韓の少女2人をかたどった像が
中国で設置されるのは初めてという。

中韓の団体が昨秋、共同でソウルに設置した像と同じく、
それぞれの民族衣装を着て椅子に座る
高さ約1メートルの少女の像で、
両国の芸術家らが無償で寄贈した。

台風の接近で大雨に見舞われた除幕式には、
慰安婦だったと主張する90歳の中国人女性と
88歳の韓国人女性らも参加。
同大学の中国慰安婦問題研究センターの関係者が除幕した。

大学では22日、教室棟の約340平方メートルに
数百点の「証拠資料」を常設展示する
中国“慰安婦”歴史博物館」も開館。
像はその棟の正面に設置された。

除幕式に先立ち、この日は同センターの
蘇智良・同大教授を中心に、慰安婦問題に関する
国際会議も2日間の日程で始まった。
中韓のほか日本や台湾、
オランダなどの関係者約100人が集まり、
国連教育科学文化機関(ユネスコ)「世界の記憶」
(記憶遺産)への慰安婦資料の
早期登録をめざす方針が議題に上った。
日本政府がユネスコへの今年の分担金、約39億円を
拠出していないことになどついても批判が噴出した。

ユネスコでは昨年、中国側が申請した
「南京事件の文書」は記憶遺産に登録したが、
慰安婦の関連資料の登録は見送られていた。
【歴史戦】慰安婦資料の記憶遺産登録推進へ討議 

「中国人慰安婦」著者に聞く
―共謀者扱いされた女性たち
By ANDREW BROWNE 2014年6月26日11:28 JST
米バッサー大学アジア研究学部の丘培培(Qiu Peipei)教授は
近著「Chinese Comfort Women(中国人慰安婦)」で、
第二次世界大戦中の日本による侵略の中で
最もトラウマに満ちた側面に新たな視点を提供した。
この本の執筆には上海師範大学蘇智良教授
陳麗菲教授も共著者として加わっている。
【歴史戦】第1部 河野談話の罪(4)-(2)
「慰安婦に関する資料の国連教育科学文化機関
(ユネスコ)世界記憶遺産への登録を目指そう」
2月8日、上海で開かれた慰安婦問題に関する国際会議で
このような共同宣言が採択された。
会議を共催したのは上海師範大とソウルの成均館大。
中韓の研究者は慰安婦問題で民間レベルでの連携を確認した。
会議で中心的役割を務めた上海師範大教授の蘇智良(59)は、
慰安婦問題を世界記憶遺産にしようとする理由について、
「日本が『特攻隊』を申請しようとしているからですよ」と説明する。
特攻隊の出撃基地があった鹿児島県で、
隊員の遺書などを記憶遺産として申請する動きがあることに
中韓が“対抗”したという。
歴史的価値そのものではなく、
日本への対抗こそが申請の理由なのだ。
2年に1度のユネスコ世界記憶遺産への登録の審査は、
戦後70年にあたる来年行われる。
蘇によると、この会議の費用は「昨年末に、
中国政府から初めて下りた80万元(約1320万円)の
慰安婦問題に関する研究予算が充てられた」という。
研究予算が初めてついたのは蘇らが昨年、
吉林省長春市である歴史資料を見つけたことも影響している。
現在、吉林省の中国共産党委員会が利用している建物は、
関東軍司令部が使用していたもので、
蘇らはこの建物に眠っていた10万点に及ぶ資料の一部に
「日本軍がかつて慰安所を管理していた」
とする文書を見つけたのだという。
ただ、資料がどこまで日本と関係し、
信頼性のあるものなのかが
現時点で不明であることは蘇も認める。
「われわれも知らない慰安婦に関する史実が、
今後の研究で明らかになるかもしれない」
蘇の研究によると、32年に上海市内で
“日本租界”とも呼ばれた日本人居留区の虹口にできた
「大一サロン」が、世界で最初に
日本軍の管理下に置かれた慰安所だったという。
現在は一般の住宅になっているその建物に足を踏み入れた。
46年から一室に住んでいるという住民の部屋には、
畳はなくなったが、欄間に
富士山を描いた木工細工が残っていた。
蘇によると、大一サロンは20年代から存在した
「大一」という名の貸座敷が前身。
この貸座敷には芸者や遊女もいたと蘇はみているが、
軍医の意見を吸い上げた軍部が定期的な性病検査などを
義務づけた慰安婦制度を作り、慰安所として
管理下に置いた第1号が「大一サロン」だという。
蘇は著書『上海日本軍慰安所実録』で、38年当時、
上海には約300人の慰安婦がいたとしており、
その過半数の女性は朝鮮半島から連れてこられた
「日本植民地政策の犠牲者だ」などと表現している。
45年の終戦まで上海には160カ所以上の慰安所ができたといい、
蘇は朝鮮半島出身者が経営を担っていたケースも多いと語る。
その根拠となる当時の「在華半島人人名録」には、
慰安所経営者として「韓次礼」(日本名・大原光江)や
「白利淳」(同・白井源一)などの名前が並ぶ。
蘇は「強制性はあった」と強調するが、
中国人女性との接触に神経をとがらせていた
旧日本軍が関与したとはとても思えない例まで挙げた。
「海南省や山西省などには当時、纏足(てんそく)
(女児の足指に布をきつく巻いて足が成長しないようにした
中国の風習)が残っており、走って逃げようにも逃げられない
中国女性が慰安婦にさせられたケースがある」
中国共産党機関紙、人民日報が運営する「人民網」は、
中国大陸のみならず台湾や東南アジアなど
各地に広がった慰安所で、最大で30万人の慰安婦が存在し、
このうち約68%が中国出身者だったとの記事を
昨年8月に掲載している。30万人という数字は
いわゆる「南京事件」で虐殺されたとして
中国が主張する人数と奇妙に符合しており、
いずれも根拠は不明だ。30万人という数字が
まずありきだったのではないかという疑念も生じる。
蘇は6月には、研究成果を英語でまとめた書籍
『チャイニーズ・コンフォート・ウーマン(中国人慰安婦)』
を出版する。
そのサブタイトルは「日本帝国の性奴隷の証拠」。
英語で出版する理由は何か。
そこに、まさに中国側の「歴史戦」の意図が透けてみえる。
平成5年の慰安婦募集の強制性を認めた
河野洋平官房長官談話に関与した元官房副長官、
石原信雄は2日の参院統治機構調査会に出席し、
作成過程で「韓国側も
『過去の問題に一応区切りをつける』と言っていたので、
それを信じて談話を出した」と述べた。
ところが、談話で慰安婦問題は収まるどころか、
韓国と中国が共闘して

日本軍の慰安所
日本政府によれば、慰安所の開設は軍の要請により、
軍人の住民に対する不法行為、性病の防止、
防諜の必要性などから設置された[59]
クマラスワミ報告によれば、日本陸軍の上海派遣軍参謀副長
岡村寧次[60]によって創設された[61][要検証ノート
設置地域は日本・中国・フィリピン・インドネシヤ・マラヤ(当時)
・タイ・ビルマ(当時)・ニューギニア(当時)・香港・マカオ
仏領インドシナ(当時)[62]
慰安婦の募集は、多くが民間業者によって行われ、
軍はそれらの取り締まりや衛生等の管理に
直接・間接的に関与したと考えられている[63][64]

90年代に入り、韓国挺身隊問題対策協議会
日本弁護士連合会の戸塚悦朗が国連に
日本軍性奴隷問題として問題提起してから
国際的に注目され[65]:30,34[66]
国連人権委員会に「強姦所」として報告されていた時期もある
マクドゥーガル報告書)。

2009年になると、欧米の研究者の間からも、
慰安婦は当時の公娼と変わらず、
慰安所を強姦所などと呼ぶ事に反対する意見が出てきた[67]

研究者の間では、日本軍の慰安所を、
当時の遊里(遊郭)と変わらないという見解(秦郁彦ら)[68]と、
奴隷状態に置かれた慰安婦が強制的に売春させられていたという
見解(吉見義明ら)[69]がある。
韓国政府は、ウェブサイト上で、日本軍の慰安所を、
女性が強引に閉じ込められ性的に搾取された場所と解説し、
ここで慰安婦は日本の軍人たちに
強制的に性的暴行を受けたとしている[70]

シナはキーセン料亭まで軍慰安所にしたいらしい。
2007-04-09 22:35:44 きち@石根

日本軍最強伝説 KAZUYA Channel 2014/09/28
日本軍最強伝説 2007/11/20 
特定アジア、国内反日マスコミ、反日団体が盛んに取り上げる「日本軍」。
「彼らの語る日本軍」が、どれだけ強力だったのか見てみよう!
...こんなに強力だったら世界征服できるよな。

人類史上最大のミステリー
兵士1人が日本刀1本で100人以上斬り殺せるほどの
戦闘能力と有り余る予備の日本刀を持ち、 
銃剣と単発銃のみで80万人以上 ... 
力を誇る朝鮮の反日勢力になぜか圧勝するほど運がよく 
中国での最初の慰安所「大一サロン」にはハイテクエアコンを完備させ ...

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