慰安婦問題について、いろんな報道: 【マイケルヨン氏】朝鮮人捕虜の証言を記録した米軍資料、原文PDFつき。【共同通信】朝鮮人捕虜の米軍調書発見 労務動員、慰安婦にも言及。【毎日新聞・浅野 豊美氏】米国立公文書館で「朝鮮人捕虜 米の尋問調書発見。「慰安婦は身売りと認識」。調書の概要。米、反日意識鼓舞狙う?。日本兵捕虜専用 秘密尋問所の「真実」とは 『トレイシー』の読まれ方。

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2016年6月12日日曜日

【マイケルヨン氏】朝鮮人捕虜の証言を記録した米軍資料、原文PDFつき。【共同通信】朝鮮人捕虜の米軍調書発見 労務動員、慰安婦にも言及。【毎日新聞・浅野 豊美氏】米国立公文書館で「朝鮮人捕虜 米の尋問調書発見。「慰安婦は身売りと認識」。調書の概要。米、反日意識鼓舞狙う?。日本兵捕虜専用 秘密尋問所の「真実」とは 『トレイシー』の読まれ方。

見つかった朝鮮人捕虜尋問調書
=2016年3月28日、内藤絵美撮影
トレイシー(Tracy)は、太平洋戦争期間中にアメリカ陸軍アメリカ海軍
極秘に1942年12月より1945年7月までの間、カリフォルニア州
サンフランシスコ北東部に約100キロにあるバイロン・ホットスプリングという
廃れた保養地に設けられていた日本軍捕虜専用の秘密尋門所である。
岸俊光・毎日新聞社学芸部長) 2013年2月12日(火)
浅野 豊美(あさの とよみ、男性、1964年 - )は、
日本の国際政治学者・歴史学者。
朝鮮人捕虜の証言を記録した米軍資料
Source Document emerges smashing Sex Slave claims
http://cdn.mainichi.jp/vol1/2016/06/10/20160610p2a00m0na015000q/0.pdf
韓国 - 日本 - 中国:性奴隷のペテンを突き崩す資料が出てきた。
昔の売春婦たち、それをかつぐペテン師たちと
中国のプロパガンダマシーンはこれにどう答えるつもりか。
是非、その目でこれを見て確認してくれ。
私は何度も読んでみた。


「朝鮮人捕虜の証言を記録した米軍資料が
米国国立公文書館にて見つかる」
18 段落目は決定的だ。
「18 この朝鮮人捕虜が太平洋地区で見て来た
全ての朝鮮人売春婦は、自ら志願してきた者か
あるいは両親に売春婦として売られてきた者だった。
これは朝鮮人の考え方として正しい。
もしも日本兵が直接女性を徴用していたならば、
若い人も年を取った人も含めて全ての朝鮮人が
激しい怒りに捕らわれただろう。
男たちは激しい怒りで一斉に蜂起し、
たとえどんな運命が待ち受けようとも
日本人たちを殺していただろう」
Korea-Japan-China: Ouch 
-- another Source Document emerges smashing 
Sex Slave claims. These claims come from former 
prostitutes and modern day Scammers, 
and the Chinese Propaganda machine:
See it to believe it. I read the entire document several times.
"U.S. military documents featuring Korean POW
 testimony discovered at U.S. National Archives"
Paragraph 18 is a killer:
"18. All Korean prostitutes that the PoWs 
have seen in the Pacific were volunteers or had been sold
by their parents into prostitution. 
This is proper in the Korean way of thinking 
but direct conscription of women by the Japanese
would be an outrage that the old and young would not tolerate. 
Men would rise up in rage, killing Japanese 
no matter what fate they may suffer."

June 10, 2016 (Mainichi Japan)

太平洋戦争末期に旧日本軍と一緒に行動し、
米軍の捕虜になった朝鮮人捕虜の尋問調書が
米国立公文書館に保管されていることが11日、分かった。
米国での調査で発見した早稲田大の浅野豊美教授
(日本政治外交史)が明らかにした。
捕虜は日本の炭鉱などでの
過酷な労務動員の実態について述べる一方、
朝鮮人慰安婦に関しては
「志願したか、親に売られた人だ」との認識を示している。
 1945年4月11日に尋問の3人分が見つかった。
カリフォルニア州にあった秘密尋問所で
米軍が尋問した100人から抽出した3人とみられる。

FRIDAY, JUNE 10, 2016 7:26 PM  なでしこりん

朝鮮人捕虜米の尋問調書発見…日本支配の過酷さ記録
毎日新聞 2016年(最終更新 6月10日 08時54分)
米国立公文書館で 太平洋戦争終盤期に日本軍と行動を共にし、
米軍に捕らえられた民間の朝鮮人捕虜が、
戦時動員に基づく←?
慰安婦や強制労働の被害について
米軍の尋問に答えた調書が、米国立公文書館で発見された。
朝鮮人慰安婦について
「志願か親による身売り」との認識を示す一方、
日本への労務動員については
「連合国の捕虜より待遇が悪い」などと述べていた。
朝鮮の人々が感じた日本の植民地支配の

「慰安婦は身売りと認識」
 尋問調書は、慰安婦問題に取り組むアジア女性基金が
資料委員会を作り、1997年に米国で真相究明の調査をした際、
捕虜の回答を発見した。
回答はその後所在不明になったが、今年それが見つかり、
資料委員会の委員だった浅野豊美・早稲田大教授
(日本政治外交史)と毎日新聞が
3月、さらに米軍の質問と関連の資料を発見した。
 米軍は、朝鮮人捕虜約100人を尋問した後、
3人を選び、米カリフォルニアにある秘密尋問センターに移送して、
45年4月11日に改めて30項目の詳細な尋問を行ったと見られる。
 調書は3人の捕虜と米軍の尋問者の名前を明記し、
3人分の回答を一つにまとめている。
「反日感情は約100人ともほぼ同じ」としながら、
「(米国から見ると)日和見主義者が多い中
3人はまじめで信頼できる」と評している。
 慰安婦については、日本軍の募集を知っているか、
この制度に対する朝鮮人の態度はどんなものか、
それで生じた騒乱や衝突を知っているか、が質問された。
3人は「太平洋で目撃した朝鮮人慰安婦は、
志願したか親に売られた者だった。
(軍による)直接的な徴集があれば暴挙とみなされ、
老若を問わず朝鮮人は蜂起するだろう」と答えた。
 労務動員に関連しては、
日本本土に送るのはどんな手続きか、
徴用されたのか志願だったのか、
家族と手紙のやりとりをできたか、が尋ねられた。
3人は「朝鮮人は炭鉱、鉄鉱山の労働や飛行場の建設に従事し、
常に鉱山の最も深く熱い場所で最悪の仕事を要求された。
通信は許されたが、手紙は全て検閲を受けた」と語った。
 米軍の捕虜尋問は
日本人が多く、朝鮮人だけの調書は珍しい。
慰安婦を対象にした尋問には、
米軍の心理作戦班によるビルマ(現ミャンマー)で捕らえた
朝鮮人慰安婦の報告書がある。

※参考、2016年5月9日月曜日
保存版!米国立公文書館の重要資料発掘(上) 慰安婦は
テキサス親父日本事務局・藤木俊一続。

今回の調書はその延長線上で、米軍の朝鮮占領をにらみ
日本の植民統治に対する
朝鮮人の反抗心を探ろうとしたものと考えられる。【岸俊光】

民族・女性差別の深刻さ浮き彫り…解説
 朝鮮人捕虜の尋問は
日本の植民地支配の実態に迫る貴重な証言と言える。
米軍は日本の責任を追及しようと
慰安婦や強制労働の被害に注目したと見られる。
 米軍の尋問は、捕虜には戦争の行方が分からない時点に、
圧力の少ない自由な空間で行われた価値のあるものだ。
証言は朝鮮社会の底辺の認識をよく伝える。
 捕虜たちは、拷問を含む強制労働の過酷さを語り、
その待遇は連合国の捕虜より劣ると言い表した。
 朝鮮人慰安婦の募集については、
軍の露骨な強制があれば
朝鮮の人々の怒りを呼ぶだろうと述べた。
 慰安婦問題を巡り、日本政府が国連の委員会などで
「強制連行を確認できる資料はない」などと強調する立場と
一見似た捉え方とも受け取れる。
しかし、調書全体を読めば、強制連行があったか否かを
論じるだけでは被害の本質に迫れないことが理解できる。
 これまでの元慰安婦の証言からは、慰安婦にされるとは知らずに、
「金もうけができる」と言われて
徴集された就業詐欺が多かったことが判明している。
 社会の女性差別がそこに絡み、
見逃せない要因となったのが
植民地支配された朝鮮の貧困だった。
戦時体制下の生活は次第に厳しくなり、
就業詐欺を容易にした。
 朝鮮人に対する民族差別や人権侵害は、
日本統治の深刻な問題だったのだ。
 慰安婦問題の解決を目指した昨年末の日韓合意は、
過去を受け継ぎ、歴史研究を深めていく視点を欠いていた。
 韓国政府は、合意に基づく財団の設立を急いでいる。
植民地の問題に向き合い、
認識の溝を埋めなければならない。【岸俊光】

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朝鮮人捕虜尋問 調書の概要
毎日新聞 2016年(最終更新 6月10日 07時24分)
朝鮮人捕虜に対する尋問の概要は次の通り。
<朝鮮人捕虜>米の尋問調書発見…日本支配の過酷さ記録
<狙いは?>米国はなぜ朝鮮人捕虜を尋問したのか?

 Q 朝鮮人労働者を日本本土へ送る手続きはどのようなものか。

徴用されるのか、それとも志願するのか。
離れた家族と手紙のやりとりはできるのか。

 A 
朝鮮人は1942年以来、日本に徴用されてきた。
彼らは面(村)の事務所に通知され、
1回につき300〜1000人が徴用されて船で日本に送られた。
93戸の村で42〜44年の2年間に30人が徴用された。
期間は2年とされたが、実際には3年か、それ以上と信じられていた。
日本に住んでいたある捕虜は、炭鉱、鉄鉱山の労働や、
飛行場建設に従事する朝鮮人と個人的なつきあいがあった。
彼らは常に鉱山の最も深く熱い場所で、最悪の仕事を要求された。
 炭鉱で働く朝鮮人は1日に3円50銭を受け取った。
樺太(現サハリン)の炭鉱で、地元民や日本人は
1日に7〜24円を得たが、徴用された朝鮮人は固定給だった。
通信は許されたものの、全ての手紙は検閲された。
 こうした朝鮮人の待遇は連合国の捕虜より劣るものである。
日本に住んでいたある捕虜は、福島県の炭鉱から
3人の朝鮮人が逃げるのを手助けした。
そのうちの1人は家族への手紙がもとで捕まり、
福島県に連れ戻されて
15日間の拷問を加えられ、投獄された。

 Q 朝鮮人は広く、朝鮮の女性を売春婦にする
日本軍による募集を知っているか。
この制度に対する
平均的な朝鮮人の態度はどのようなものか。
この制度から生じた騒乱や衝突を承知しているか。

 A 
太平洋で目撃した全ての朝鮮人慰安婦は、
志願者か、親に身売りされた者だった。
これは朝鮮の考え方にかなうものであり、
もしも日本人による直接的な女性の徴集があれば
甚だ許しがたい暴挙とみなされ、老人であれ、若者であれ、
誰もそれを黙って見過ごすことはないだろう。
男たちは、たとえどんな結果が待っていようとも
怒り狂って蜂起し、日本人を殺すだろう。

 Q 日本人に対する朝鮮の若者の態度は? 
年配の者より日本の価値観に徹底的に洗脳されているのか。
若者は本当に親日か、
一皮むけば多くの朝鮮人のように反日か。

 A 朝鮮が独立していた時代を知る年配の朝鮮人は、
常に日本人を嫌う。
一方、日本の学校に通う若者の中には
外見上親日的な者もいるが、
彼らの多くは日本の支配を感情的に非常に嫌悪している。

 Q 朝鮮人は現在、
日本や戦争にいかなる態度をとっているか。
ロシア、中国、米国に対してはどうか。

 A 朝鮮人は戦争による影響を嫌うが、
戦争はいずれ独立につながるとの希望を持って
日本の支配に耐えている。
ロシアは対日戦に参戦すると広く信じられている。
捕虜の1人は明らかにロシア寄りで、
朝鮮に共産主義政権ができることを期待している。
中国は自らの問題に、まして朝鮮の問題に対処する
能力がない弱い国と考えられている。
多くの朝鮮人は
米国が朝鮮の解放をもたらしてくれると見ている。

 Q 日本人はどのようにして
朝鮮人の思想統制を図っているか。
朝鮮人は南太平洋において、
日本人からどう扱われているか。

 A 朝鮮人は太平洋の島々で
日本人に残酷な処遇を受けている。
全ての捕虜は、民間の労働者が、
連合国に降伏するのを恐れる
日本兵に殺されたことを知っている。
テニアン島で捕まった捕虜は、
3人の(朝鮮人)女性が赤ん坊2人を背負い、
米国に投降しようとするのを目撃した。
この捕虜と同じ洞窟に潜んでいた
(日本の)中尉は安全を理由に女性と赤ん坊全員を殺した。
その捕虜は、
もし朝鮮人と知られれば確実に殺害されると感じた。

 Q 捕虜は、朝鮮がやがて独立するとした
カイロ宣言を知っているか。
もしそうなら、どうして知ったのか。

 A ハワイにいる間に捕虜はみな、
朝鮮がやがて独立するという連合国の宣言を耳にした。
朝鮮にこの情報が伝えられたかどうかは知られていない。

 Q 朝鮮人は機会を与えられれば、
日本と戦うだろうか。
他よりそうした人々の割合が多い地域はあるか。

 A 全ての捕虜は、朝鮮人がみな、
日本と戦う好機に飛びつくと固く信じている。
日本に忠実な者も、日本が戦争に負けると知れば
たちまち態度を変えるだろう。
朝鮮南部出身の捕虜は、南の者たちは受け身で、
日本人と戦う積極的な態度をとらないだろうと語る。
独立運動は常に、より積極的で自由な考え方を持つ
北部の人々の手で始められてきた。
3人の捕虜は軍事訓練を進んで受け入れ、
日本人と戦う意思がある。

 Q 連合国の代表者による戦後朝鮮の臨時政府に対し、
朝鮮人はどんな態度をとるか。
中国、ロシア、米国、英国単独の代表者は、それぞれどうか。

 A 朝鮮は一時的に連合国の代表が治めるのがよいと、
捕虜たちは信じている。
米国単独の政府は大勢の者が受け入れるが、
他の国の単独になれば反対に遭うだろう。

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朝鮮人捕虜尋問
米、反日意識鼓舞狙う?
毎日新聞 2016年(最終更新 6月10日 07時25分)
日本植民地支配の矛盾探る 
「日本に教育された朝鮮の若者は親日か、
それとも一皮むけば反日か」
「連合国(の米国・英国・中華民国3首脳)が
将来の朝鮮独立に合意した(1943年の)
カイロ宣言を知っているか」−−。
米軍が朝鮮人捕虜向けに用意した尋問は、
日本の植民地支配の矛盾を探り、
戦後の朝鮮統治の選択肢も検討した周到なものである。
【岸俊光】

行き先のない道しるべより 2008/08/09 17:52

 「『帝国』日本の戦争に翻弄(ほんろう)された
最底辺の人々の様子が生々しく伝わってくる。
尋問調書は、
捕虜が当時の認識を自由に述べた点に、特に価値がある」
 アジア女性基金資料委員会の委員を務め、
調書の全容を突き止めた浅野豊美・早稲田大教授は、
資料の価値をそう説明する。
 捕虜の回答が米国立公文書館で見つかったのは
19年前。河野洋平官房長官談話が93年に発表され、
それを受けアジア女性基金が95年に発足して、
韓国向けの「償い事業」が開始された頃だった。
資料委員会では当時、
この調書はそれほど関心を呼ばなかったという。
 「のちに問題になる強制連行の偽証や業者の役割、
家父長制的な社会の女性抑圧などは十分取り上げられず、
日本の植民地支配下にあった
朝鮮人の認識を示す、文書の重要性が見過ごされていた」
 だが、今年3月に回答と対になる
米軍の質問が見つかり、尋問の狙いが鮮明になった。
 捕虜3人の日本名も別の文書で判明。
そのうち1人は25年、朝鮮・慶尚南道生まれで、
存命の慰安婦とほぼ同世代であることも分かった。
この人物は44年8月4日に北マリアナ諸島のテニアン島で、
別の1人は44年6月22日に同諸島の
中心地のサイパン島で、米軍の捕虜になっていた。
 尋問内容は、朝鮮の出生地から国内外への
移動、軍事修練、強制労働、朝鮮人慰安婦についての認識、
日本への不満、親日派に対する感情、
国連による信託統治の可能性、
戦後の朝鮮人の指導者候補など、30項目に及ぶ。
 尋問場所は米カリフォルニア州。
戦後まで存在を秘匿されてきた
トレイシー」と呼ばれる尋問センターである。 
調書はワシントンの陸軍省に報告された。
事前にハワイで尋問を受けた可能性もある。
 「米軍は戦争を早く終わらせるため、
日本の残虐行為を探して、反日意識を鼓舞しようとした。
朝鮮民族でありながら日本国民であるという
朝鮮の人々の意識を破壊し、
米国の戦後占領を受け入れる
手段にしようと考えたのだろう」と浅野教授は語った。

◇アジア女性基金資料委員会◇

慰安婦問題の解決を目指すアジア女性基金が、
「償い事業」と並ぶ歴史の教訓とする事業として、
「慰安婦」関係資料委員会の名称で1996年に設置した。
顧問と委員計12人。委員長は高崎宗司氏、副委員長は
和田春樹氏。秦郁彦氏や波多野澄雄氏らも加わり、
陸軍省医事課長文書、沖縄県の資料、
米国、オランダの公文書などを調査した。
だが、委員の論文を巡る対立から報告書は
99年の1回で終わった。
他に歴史の教訓とする事業の一環として、
政府調査資料集全5巻の出版も行ったが、
今回の文書は収められていない。

 強制連行なかったこと裏付け…
政府の河野談話検証チームの委員を務めた
現代史家の秦郁彦さんの話
 もし朝鮮女性を強制連行すれば
治安を保てなかっただろうという
日本側の証言が残されている。
「強制動員すれば朝鮮人は憤怒して立ち上がる」という
捕虜の調書は、官憲の強制連行が
なかったことを改めて裏付けるものだ。
この調書については私も著書で紹介したが、
原資料が失われていた。
それが見つかったのはよかった。
 調書は全体に、
日本の統治を朝鮮人がどう見たかを示している。
 米軍は日本上陸をにらみ情報が欲しかったのだろう。
日本は捕虜になった時の教育をしなかったから、
捕まるとよくしゃべった。
捕虜が最初に集められたと思われる
ハワイの状況を調べるのも重要だ。

朝鮮統治を一定程度模索か…
木宮正史・東京大教授(国際政治学)の話
 米国は当初、対日戦の勝利を優先し、
朝鮮の戦後構想をあまり持っていなかったといわれる
しかし今回の文書からは、米国が捕虜を通じて
朝鮮統治をある程度模索した様子がうかがえる。
日本の統治を全て破壊し、
混乱させてはまずいと米国は考えた。
むしろ日本の経験を生かしながら、
朝鮮の人々の声をくみ上げ、違いを出そうとしたのだろう。
 慰安婦の記述では、強制連行があれば
朝鮮の男は反抗したはずという後段が重要だ。
女性を救えないのは男の恥で、
強制など認めたくないと考えた側面もあるのではないか。
今も残るその感覚が
慰安婦問題の顕在化を遅らせたといえる。

「帝国の慰安婦」で騒ぎ立てる韓国の反日病

強制や非人道性、浮き彫り…
慰安婦問題の著書がある熊谷奈緒子
・国際大准教授(国際関係論)の話
 植民地の見えざる強制や非人道性が、
捕虜の証言から浮かび上がる。
尋問時期は、降伏後のドイツ管理や国連創設を協議した
1945年2月のヤルタ会談が終わった後のことだ。
対日戦勝利を視野に入れ、米国に協力的な戦後の
朝鮮人指導者を探していたのかもしれない。
日本が負け戦を続ける背景を、
植民地の調査から知りたかったとも思われる。
 慰安婦については、捕虜の1人が
慶尚南道の出身である点に注目したい。
慰安婦の出身地や居住地は
慶尚南道が多いという研究成果がある。
同じ地方出身の捕虜が
組織的な強制連行は少なくともあり得ない
と述べた意味は小さくないだろう。

熊谷 奈緒子 准教授
※博士後期課程担当教員
国際基督教大学行政学修士号取得(1997)
ニューヨーク市立大学政治学博士号取得(2009)
週刊ポスト2013/09/20・27号 
★阿修羅♪ 日時 2013年9月09日10:05:00:
慰安所:朝鮮人男性従業員の日記発見 
ビルマなどでつづる  1 2
毎日新聞 2013年08月07日 
07時00分(最終更新 08月07日 15時56分)
慰安所従業員:日記発見 慰安婦の日常、
淡々と 募集の時期は欠落 
毎日新聞 2013年08月07日 東京朝刊
1 2 3 4 5 6

慰安所従業員:日記発見 識者に聞く 
毎日新聞 2013年08月07日 東京朝刊
1 2
◇第三者が記録、客観性高く
−−木村幹(きむら・かん)神戸大教授◇募集、
「広義の強制」示す−−安秉直
(アンビョンジク)ソウル大名誉教授
−−日記から分かることは何ですか?
◆慰安婦703人の「第4次慰安団」が組織されていたことだ。
慰安婦募集が、日本政府の政策に基づく
戦時動員の一環だったことを示している。−−強制連行?
◆「狭義の強制」と言われる、拉致のようなものはなかっただろう。

業者をサポートする行政組織がしっか りしている朝鮮では
強制連行の必要はないし、強制連行は
(社会的な騒ぎを起こして)コストが高くなる。
ただ、業者による乱暴な行為はあったはずだし、
軍服のような服を着た業者が「軍人」と誤解された可能性はある。
−−どんな女性たちだったのでしょう?
米軍調書によると、大部分は教育のない貧しい女性で、

売春経験者は一部だけだ。
親に売られた人身売買も多かっただろう。 
米国戦争情報局心理作戦班報告書

[PDF]
ビルマ・シンガポールの従軍慰安所 (日本語仮訳版)
雲南・ビルマ最前線における慰安婦達−死者は語る - 慰安婦

拉孟・騰越の戦い(らもう・とうえつのたたかい)

日本兵捕虜専用秘密尋問所の「真実」とは
『トレイシー』の読まれ方
現代ビジネス 永田町ディープスロート 
2010年09月26日(日) 週刊現代
「18年間温めてきた私のライフワークでしたので、
受賞をとても嬉しく思います」
 そう話すのは、
第32回講談社ノンフィクション賞を受賞した
ノンフィクション作家・中田整一氏(68歳)である。
永山裁判を題材にした

堀川惠子『死刑の基準』(日本評論社)とのダブル受賞となった
同書は、太平洋戦争下のアメリカと日本の「情報」に対する
感度の差を、新資料に基づき克明に提示した作品だ。
 書名の『トレイシー』とは、サンフランシスコ近くにあった
日本兵専用の秘密捕虜尋問所の暗号名のこと。
ここでは、皇居の正確な位置、軍事施設、日本の作戦、
戦力―などについて、2000名を超える日本人捕虜が
容易に口を開き、日本は丸裸同然にされていた。

 同賞選考委員の一人、
作家の辺見じゅん氏はこう評する。
「なぜアメリカはここまで日本の情報を知り得たか、
というこれまでノンフィクションの
世界で書かれていなかった問題を含んでいます。
昭和史にはまだ発掘すべきものがありますが、
これまで手がついていなかったという意味で
第一級のスクープです」
 こうした歴史的発見はどのようにして生まれたのか。
中田氏が話す。
「92年、私はNHKのドキュメンタリー番組
『ドキュメント太平洋戦争』の制作のため
ワシントンの国立公文書館を訪れました。
そこで資料を漁るうち、捕虜名簿に当たったんです。
ワシントン、そしてサンフランシスコにも行きましたが、
とにかく膨大な量の資料がありました。
無数にある点と点を線にしていくこと。
それに多くの労を使いました」
 戦後、当時の尋問官などの関係者は、
トレイシーに関して公に口を開いてこなかった。
捕虜となった日本兵たちが、
不利益を蒙らないようにとの人道的配慮があったという。
それゆえ、いままで「トレイシー」の存在が
詳らかにされることはなかった。
 アメリカ軍はどのようにして日本人捕虜に口を割らせたのか。
ここが同書の読みどころの一つだ。前出の辺見氏が語る。
「当時、日本には『戦陣訓』があり、
敵の捕虜となるべきではないとされていました。
ところが、捕虜になった場合に
どうふるまうべきかという教育は施されていなかった。
その意味においては、尋問の過程まで描いたこの作品は、
太平洋戦争だけではなく、
日本の歴史そのものを見せてくれた。
私自身もかつて、戦時中に日本側に立った
アレン・ダレスの片腕と呼ばれた
ユダヤ人スパイを追い続けました。
ダレスは常々、『一人の優秀なスパイは
10万人の兵士にも匹敵する』と言っていたそうです。
それほど戦時下における情報は重要なんです」
 そこに暴力や怒声はなく、日本語が堪能な尋問官は
捕虜たちと戦争観や悩みを共有することで信頼関係を築き、
重要な機密情報を確実に得る。
したたかなアメリカ軍の前に、
「戦陣訓」の〈軍機を守るに細心なれ〉
という一項は名ばかりになっていた。
 同書ではこのように「作戦」を重視するあまり、
「情報」を蔑ろにした日本軍の実態が露にされている。
 中田氏は、幅広い世代にこの作品を読んでほしいと話す。
「このテーマは今日と繋がっているんです。
インターネット、携帯電話の利用が当たり前になった情報社会。
いかに情報を得るか、そしていかに合理的に
その情報の裏づけを取り、戦略を立てるか。
太平洋戦争時のアメリカには学ぶべき部分は多い。
いま、民主党の代表選が行われていますが、
菅首相、小沢一郎氏とも、理念はあるのでしょうが、
具体策が出てこない。残念ながら、太平洋戦争の頃から続く
日本人の情報軽視のDNAが、
いまの政治にも通底していると感じています」

秘密尋問所トレイシー ~日本人捕虜が語った機密情報~
太平洋戦争の最中アメリカは、前線で捕らえた日本兵から
詳細な情報を集めていた。
その中でも機密性の高い情報を、
集中的に聴取していた収容所があった。
サンフランシスコ郊外の秘密尋問所「トレイシー」である。
1943年に捕虜収容所として整備されたこの建物で、
2000人を超える日本兵が尋問を受け、
潜水艦や戦艦の詳細な図面や、本土爆撃のための
軍港・工業地帯の地図、暗号表など、
日本側の情報が次々とアメリカ側にもたらされていた。
盗聴装置を使って、捕虜同士の会話も収録し分析していた。
1945年になると、天皇や政治経済に聴取内容が及び、
それらは戦後のGHQの占領政策に活かされていく。
近年のイラク戦争のアブグレイブ収容所など、
「人的情報」を有効に使うアメリカの戦術は、
既にこの頃から始まっていたのである。
秘密尋問所「トレイシー」で、アメリカ側尋問官は何を聴き、
日本兵は何を喋ったのか。
国立公文書館に眠る厖大な「トレイシー尋問調書」と、
生き残りの日米関係者へのインタビューによって、
太平洋戦争の「人的情報戦」の知られざる闘いを掘り起こす。

3 件のコメント:

  1.                                           その1
    慰安婦が性奴隷って本当?        
    「ラバウルの慰安婦 快活だった」 豪州人捕虜の手記紹介 拍手で盛大に見送られ・・・・「性奴隷」説、ほど遠く
    手記:'Prisoner's in Rabaul' Civilians in Captivity 1942-1945
    by Gordon Thomas
    Australian Military History Publications (September 2012)

    2015年8月12日の産経ニュースによると南太平洋にあるニューブリテン島のラバウルで1942年から旧日本軍の捕虜となったオーストラリア人の慰安婦に関する手記が、米ハワイ大マノア校のジョージ・アキタ名誉教授の講演で紹介されました。手記は慰安婦を「性奴隷」とした国連人権委員会の「クワラスワミ報告書」などへの反論材料といえ、アキタ氏は「性奴隷説の再検討に有効だ」としています。 

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  2.   その2

    この捕虜は戦前、雑誌の編集者兼記者だったゴードン・トーマス氏。ラバウルでの記録を終戦後に清書し、後に手記を出版したそうです。手記によると「慰安婦らは派手な着物姿で、笑いながら一団となって船で到着した。同氏らが慰安婦の荷物を運ばされてから、群衆のにぎやかな声で見送られるまでのほぼ3年間、慰安婦たちを身近で見ていた。
    慰安婦は朝鮮半島出身だけでなく日本人女性も多くいた。同氏は「彼女らはみんな快活だった」としており、「慰安婦=性奴隷」説とは、ほど遠い描写となっている。

    'Prisoner's in Rabaul' Civilians in Captivity 1942-1945
    by Gordon Thomas (1890-1966, born in Chicago, US., died in Sydney, Australia)
    Australian Military Publications (September 10, 2012, 266 pages)

    私が調べたところ、その他にオーストラリアのキャンベラの Pacific Manuscripts Bureau in Canberra, Australia でインタビューした時のマイクロフィルムも残っているみたいです。
    Gordon Thomas (aka. Edward Llewellyn Cory-Thomas これは出生時の名前)
    マイクロフィルムの検索名は、THOMAS Edward Llewellyn Gordonで


    Kai U.

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  3. トーマス氏は民間人捕虜だったために、収容所ではなく日本軍の供給司令部で生活しており、日本兵や慰安婦の生活を観察できたようです。

    注記:この記事が2015年8月12日の産経ニュースに出ていた時は、手記の題名が明らかにされていないために、うやむやでネットで検索しても本の題名を見つけることが出来ませんでした。
    しかし今日、ネットで再検索したら英文の本の題名を発見することがやっとできました。
    どなたか英語が堪能な方で、原文の英文がどのようにラバウルの慰安婦の生活を描写していたか確認していただけたらありがたいです。

    手記:「ラバウルのオーストラリア民間人捕虜が見た慰安婦たちの生活」 1942-1945年
    'Prisoner's in Rabaul' Civilians in Captivity 1942-1945
    by Gordon Thomas
    Publisher: Australian Military History Publications (September 10, 2012, 266 pages)

    この本はアマゾンで調べてみると価格がすごく高いのですが、オーストラリアの Books on War Australia   https://www.booksonwaraustralia.com でネット販売されています。
    価格はA$36(オーストラリア・ドル)+送料


    Kai U.

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