慰安婦問題について、いろんな報道: 「自首してほしい」と遺族、マフラーに犯人特定の可能性“世田谷一家殺害”16年。一橋文哉 現代ビジネス 世田谷一家殺人事件 〜行き詰まった捜査の裏で浮上した巨大暗黒組織。世田谷一家殺害事件から15年 事件解決を誓い黙祷。情報求めチラシ配り。土地売買のトラブルか…世田谷一家殺害事件14年目の真相 (前編)「宮澤さんは外交カードとして使われた」 世田谷一家殺害事件14年目の真相 (後編)その他関連。

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2016年12月30日金曜日

「自首してほしい」と遺族、マフラーに犯人特定の可能性“世田谷一家殺害”16年。一橋文哉 現代ビジネス 世田谷一家殺人事件 〜行き詰まった捜査の裏で浮上した巨大暗黒組織。世田谷一家殺害事件から15年 事件解決を誓い黙祷。情報求めチラシ配り。土地売買のトラブルか…世田谷一家殺害事件14年目の真相 (前編)「宮澤さんは外交カードとして使われた」 世田谷一家殺害事件14年目の真相 (後編)その他関連。


世田谷一家殺害事件で、
警視庁は遺留品のマフラーの再捜査を始めました。

 宮沢節子さん(85):「あれだけの遺留品があったり、
色々なもの残ってましたから、即、見つかるんじゃないかと思ってました。
自首してほしいと思います」
 2000年12月30日、東京・世田谷区で宮沢みきおさん(当時44)、
妻の泰子さん(当時41)、長女のにいなちゃん(当時8)
長男の礼君(当時6)が殺害されました。
犯人の多くの遺留品のうち、マフラーだけは製造元が分かっていません。
捜査関係者への取材で、今年の夏以降、警視庁がマフラーの
再捜査を始めたことが分かりました。
マフラーはアクリル100%で製造元などの表示はなく、
機械で編んだ低価格の商品とみられ、警視庁が繊維を詳しく調べるなどしています。
東京・世田谷区で一家4人が殺害された事件から30日で16年です。
警視庁は現場にあった遺留品のなかで唯一、
製造元が分からないマフラーが犯人の特定に
つながる可能性があるとみて改めて捜査を始めました。

 2000年12月30日、世田谷区の住宅で宮沢みきおさん(当時44)、
妻の泰子さん(当時41)、長女のにいなちゃん(当時8)、
長男の礼君(当時6)が殺害されました。
現場にはジャンパーや帽子、手袋など多くの遺留品がありましたが、
マフラーだけは製造元が分かっていません。
捜査関係者への取材で、今年の夏以降、警視庁がマフラーの
再捜査を始めたことが分かりました。
マフラーはアクリル100%で、機械で編んだ低価格の商品とみられています。
警視庁はマフラーの製造元から犯人の特定につながる可能性があるとみて、
繊維を詳しく調べるなどしています。
現場の住宅は当時のまま残されていて、
30日に捜査幹部らが改めて事件の解決を誓いました。

2016年02月14日(日)2 3 4 5 6
一橋文哉 現代ビジネス
文/一橋文哉
「世田谷事件の被害者や遺族の方々に、本当に申し訳ない。
15年の歳月を重く受け止めている。
1日でも早く犯人を逮捕したい」
警視庁の釣宏志・捜査一課長は力強く、そう誓った。
2015年12月30日、東京・世田谷区の宮澤みきおさん宅前で
同庁の中村格・刑事部長ら捜査関係者約30人が、
宮澤さん一家4人が一緒に写った写真を前に、
泰子さんが好きだったカサブランカの花束などを手向けて合掌し、
全員で黙祷を捧げていた。
世田谷一家殺人事件は2000年12月30日午後11時半頃、
この家の中で宮澤みきおさんと妻泰子さん、
長女で小学2年のにいなちゃん、
長男で保育園児の礼君の4人が惨殺されたものだ。
この事件の特捜本部が置かれた成城署で、
2006年に宮澤さんの父良行さんが
「4人はウチの宝だった。犯人を逮捕し罰して下さい」
と声を振り絞って訴えた姿を、
捜査員たちは決して忘れていない。
その父親も2012年9月、犯人逮捕の報を聞き届けないまま
84歳で亡くなり、4人の位牌を胸に抱いて黄泉の国に旅立った。
それを知った捜査員は
「遺族の思いに応えなければ、刑事じゃない」と、
今も連日、40人態勢で聞き込み捜査に走り回っている。
ただ、一家の月命日ごとに情報提供を呼びかけるビラを配る
地元住民や被害者遺族で作る「宙の会」のメンバーの中には、
こうした献花式や捜査一課長自らが行うビラ配付を
「年末のセレモニーに過ぎない」と
懐疑的に見る向きが出ていることも事実である。
「時効が撤廃され捜査が継続されるのは朗報だが、
『15年前に不審者を目撃していないか』
と聞き回る捜査員の姿を見ると、
果たして事件は解決するのか
首を傾げてしまう」(地元住民)のだ。
質より量を重んじた捜査に問題あり
現場に指紋や血痕など大量の物証を残した世田谷事件は、 
早期解決を期待させる一方で、
捜査の幅や奥行きを失わせた。
この事件が未解決となった理由を、 
私は前々回、《初動捜査の失敗》と指摘した
捜査員も
「犯人の指紋が採取できたため前歴者や
他事件の遺留指紋との照合、
被害者の関係者の指紋採取に追われ、
現場付近の聞き込み(地取り)や
被害者周辺の関係者(鑑取り)の捜査が
疎かになってしまった」と悔やんでおり、間違いあるまい。
これまで延べ約25万人の捜査員を投入したという
警視庁幹部は「1万人以上から事情聴取を行い、
積み重ねた捜査報告書は
厚さ10センチのファイルで1000冊を優に超える」と力説する。
が、書類の厚みは増しても、
一つの端緒から捜査が
次々と広がっていくような中身の厚みが見られない。
つまり、不十分な鑑取り・地取り捜査とは、
数量の問題だけではなく、やり方=質の問題なのだ。
もともと聞き込み捜査は難しく、
熟練の刑事でも常に情報収集のアンテナを張り巡らせ、
勘を鋭く働かせていないと、
重要な情報を見落とすことになる。
証言者が何気なく語る話題の中に
真相解明のヒントが隠れていることが少なくないからだ。
通り一遍の「不審者を目撃していないか」
という曖昧な問い掛けでは、
決して“いい情報”などは得られやしない。
さらに犯人の遺留指紋と右手のケガにこだわり、
指紋採取と医療機関からの情報の裏付け捜査に
翻弄されたうえ、仮に不審人物が浮上しても、
指紋が一致しなかったり右手を負傷した人物がいない場合、
ろくに周辺捜査をせずにシロと見なしてきたことが、
聞き込み捜査の質の問題であり、
捜査の幅や奥行きを失わせたことになるのだ。
1984、85年のグリコ・森永事件でも、
容疑者グループが浮上しても、
その中に捜査員が事件現場付近で目撃した
「キツネ目の男」の存在が確認されない限り捜査が打ち切りとなり、
それが後に未解決事件に終わった原因の一つと指摘された。
1968年に3億円強奪事件を起こした
偽白バイ警官のモンタージュ写真もその一つだ。
被害者の曖昧な証言を元に作られた確度の低い代物だったが、
捜査を後々まで迷走させた一因となった。
拙著『三億円事件』(新潮文庫)に、
このモンタージュ写真は警察当局が
別の容疑者の顔を模して偽造したと書いた。
関心のある方は是非、お読み頂きたい。
世田谷事件では、
そんな悪影響が端的に現れた事例もある。
2006年5月、事件翌年の01年から04年まで 
周辺住民43人から聞き込み捜査したように
偽造した捜査報告書35通を作成、
自分や妻の指紋を捺印し添付したとして、
成城署の元警部補が書類送検されたのだ。
元警部補は「思うように住民に会えなかったし、
指紋集めばかりさせられ嫌気が差した」と供述したが、
警察の発表では後段の「嫌気が差した」部分は削られ、
よりにもよって
「住民の協力が得られなかった」
という理由にすげ替えられていた。
こうして表面をなぞる捜査に終始したため、 
犯人像や動機が詰め切れておらず、
未だに犯人の侵入口が
玄関か浴室の小窓か断定できていないのが実情だ。
犯行状況でさえ推論に基づく部分が多く、
各捜査員が
異なる犯人像を抱いているのが何よりの証拠だろう。
結局、世田谷事件については
何も分かっていないのである。

《ブツからつかまらへん》
事件関係者らが
「年末のセレモニー」と語った捜査状況への感想は、
一概に否定できるものではない。
もちろん、何も捜査していないなどと言うつもりはないが、
犯人逮捕に繋がるような新たな情報はなく、
特捜本部に緊迫した雰囲気が感じられないのも事実だ。
成城署の世田谷事件専用資料室にここ数年、
新しい証拠品や捜査資料が運び込まれたことはない。
特捜本部は、犯人しか知り得ない
“秘密の暴露”温存に配慮する余り、
当初から外部への情報公開に消極的だった
(途中からはなりふり構わぬようになったが……)。
「事件発生から○年」といった節目ごとに、
「新たに分かった」と称しマスコミを通じて、
遺留品などの情報を小出しに発表してきたが、
そうしたネタももはや尽きたと言えよう。
2014年12月には犯人の身長と逃走時刻の修正による
新たな目撃情報の収集を 、
2015年末に至っては犯人着用のトレーナーなど
遺留品(ブツ)捜査の現状しか公表することがなく、
事件から15年後に
情報提供を呼びかけても効果が期待できないものばかりだ。
特に特捜本部が注目しているというのが、
犯人が現場に脱ぎ捨てたトレーナーだ。
胴体部分が灰色、腕と首回りが紫色で、
中国製のLサイズ。
人気タレントの
木村拓哉がドラマの中で着た「ラグランシャツ」と同タイプのもの。
2000年8月から12月までに東京都や静岡県など
14都道府県の41店舗で130着販売され、
特捜本部はこれまで発売元の売上伝票を分析したり、
似たトレーナーを着た人物の目撃情報を元に
各地に捜査員を派遣し、購入者一人一人を追跡した。
そして、12着分の購入者を特定したものの、
誰も不審な点は見当たらなかったという。
「残り118着の所在を丹念に潰して行けば、
必ず犯人に結びつくはず」と捜査幹部は力説するが、
15年で12着のペースを考えると、
すべて確認できるまであと何年かかるのか分からない。
警視庁は2015年9月、
41店名を同庁のホームページで公開、
英語や韓国語、中国語でも読めるようにして
広く情報を求めたが、
いささか遅きに失した感は否めないだろう。
現場ではほかに、韓国で製造・販売され
日本で1995年9月~99年1月に首都圏の
ディスカウント店などで販売されたヒップバッグや、
2000年10月から販売されたLサイズの
黒いユニクロ製ジャンパーなど
多数の遺留品があったが、有力情報には繋がっていない。
事件現場に残された物的証拠は
大量に生産、販売された製品が多く、
こうしたブツ捜査ではまず、犯人に辿りつくことはできない。
そのことは30年以上前に起きた
グリコ・森永事件の捜査で学んできたはずだし、
世田谷事件の特捜本部がその教訓を生かせず、
未だにブツ捜査にこだわる愚を犯している。
と言うより、ほかにやるべき捜査が
見当たらないと言った方がいいのかも知れない。
グリコ・森永事件の捜査員たちは、
犯人の「かい人21面相」が各現場で残した
さまざまな遺留品を徹底的に調べ、
その大半の製造元や販売経路、
そして犯人が購入した先まで割り出した。
だが、それでも犯人逮捕はおろか
肉薄するところまで至っていないのだ。
一例を挙げれば、江崎勝久・江崎グリコ社長が
監禁先の水防倉庫で着せられていたズボンは、
広島県府中市の衣料品会社「クロダルマ」が
1980年から月300~400本を製造、
全品をスーパー「イズミヤ」で販売していた。
また、着用させられたトレーナーは、
東京のメーカー「小杉産業」が83年春物商品として
全国のデパート31店に卸した後、
「イズミヤ」などのスーパーに流れていた。
そこで捜査員が「イズミヤ」各店のレシート控えを
一枚ずつ調べた結果、
このズボンとトレーナーが水防倉庫近くの
「イズミヤ楠葉店」一階の四番レジで、
84年3月20日の午後1時から3時の間に
一緒に売られたことを突き止めた。
また、江崎社長が同じ水防倉庫で着せられた
半袖シャツや下着類も、
同日午後零時半から1時の間に、
同店二階のレジで売られていたことが分かったのだ。
犯人は江崎社長を誘拐した
2日後の昼の1時間前後にわたり同店で買い揃えていたことになり、
捜査員を投入して店内外で聞き込み捜査を行ったが、
従業員は購入客を全く覚えていなかった。
一方、犯人が脅迫状を打ったタイプライターは、
約1万5000台中2000台まで絞り込んだが、
それ以上は進展しなかった。
これに対し文字盤に使われた活字が、
試し刷りされた茨城県の工場で保管されていることが判明。
文字盤の種類を割り出し、売上伝票などを捜査した結果、
東京・神田の事務機器販売会社で
83年1月、「山下」と名乗る男が購入したことを突き止めたのだ。
が、その販売員は捜査員が訪れる半年前に、
「山下」の連絡先を書いたメモを捨ててしまっており、
「30代の男」としか覚えていなかった。
これは、遺留品の流通ルートを解明し、
最後の一つを割り出したとしても、
犯人に辿り着けるとは限らないことを示している。
《わしら ブツから アシつく よおな じゅんび せえへん》
「かい人21面相」は兵庫県警への挑戦状の中で、
こう嘲笑したが、
ブツ捜査に限界があるとの教訓は全く生かされていなかった。

アクシデントな事実を追え!
同じ遺留品でも犯人が予め用意していたモノではなく、
予期せぬ状態で現場に残してしまったモノや、
気づかぬうちに付着していたモノなどは
信憑性が高く、犯人に辿り着ける可能性が出てくる。
前出のグリコ・森永事件でも、
パトカーに追われ逃げ回った犯人が
滋賀県草津市内に乗り捨てた盗難車の中は、
改造無線機やカジュアルバッグ、サファリハットなど
14種25点の遺留品があり、“物証の宝庫”とされた。
中でもEL(エレクトロ・ルミネッセンス)と呼ばれる
1ミリにも満たない電子部品の削りカスが、
大津市の大手電子部品メーカーの工場でしか付着しない
微物と分かり、捜査は急展開を迎えた。
そこから産業廃棄物処理・回収業者の存在が浮上し、
後に有力容疑者グループに結びついたのである。
世田谷事件でも、犯人が着てきたジャンパーのポケットに
付着した土砂粒が韓国京畿道水原市付近のものと判明。
私が実行犯として追及してきた元韓国軍人の
李仁恩が水原市出身で、ヒップバッグから検出した
特殊なガラスビーズを使っている
印刷会社に出入りしていたことがあるなど、
現場で採取された微物と
共通点があることが決め手の一つになっている。
何も、現場の足跡から判明した韓国限定販売品の
テニスシューズと同じ靴を李が履いていたなど
“目に見える合致点”だけで
真犯人だと断じているわけではないのである。
特捜本部が2014年末、パソコンの誤作動を理由に
犯人の逃走時刻を12月31日未明に修正したことは
前々回に述べたが、
実は、警察が公表していない“もう一つの修正理由”がある。
「31日午前3時半頃に宮澤さん宅の電気が消えていて、
真っ暗だった」という目撃証言を得ていたのだ。
犯行時刻が30日午後11時半頃で、
31日午前1時18分に犯人が
パソコンを操作した形跡が残っており、
前述した目撃証言を信じれば犯人は
1時半から3時半までの間に逃走したことになる。
これは31日午前2時頃に手にけがをした男が
宮澤さん宅付近で走り去るのを目撃したという証言をはじめ、
同日午前2時過ぎ、宮澤さん宅から
南に約400メートル離れた橋の近くで
横転したバイクの横に不審な男が立っていたとか、
午前3時頃、同じ橋の上から川に何かを投げ込む
不審な男を見たといった情報に結びつき、
犯人と見て調べを進める結果を生み出すことになる。
ただ、犯人は家の電気をつけずに
一家を襲撃したという非公表の目撃情報もあり、
それを重視した警視庁が同時刻に再現実験を行ったところ、
近くの街灯が宮澤さん宅に差し込み、
暗闇でも室内を見回すことができたことが分かったのだ。
そうなると、逃走時刻の根拠の一つがなくなり、
捜査を根底から見直さなければならない。
暗闇で自由に行動できるうえ、
音を立てないように階段などを横歩きしたことなどを考え合わせると、
軍隊経験者の可能性も高くなり、
元軍人の李との共通点がまた一つ増えたことになる。
目撃情報にしても犯行前後だけでなく、
1週間前から調べて見ると、
宮澤家を見張る動きなどが見えてくる。
私は宮澤家の移転に伴う
土地売買をめぐるトラブルを犯行動機に挙げているが、
そうした広い視野で事件を眺めると、
いろいろと面白い事実が浮上する。
その辺りの事実はこのほど上梓した拙著
をお読み頂きたいが、
事件の全く違った姿が浮き彫りになってくることが必定である。
特捜本部も遅まきながら、宮澤さん一家と接点があった
人物の捜査に力を入れ始め、範囲を事件から10年前、
宮澤さん夫妻が現場に居を構えた
1990年にまで遡って本格的に調べ始めたという。
洗脳して暗殺者を養成する宗教団体の正体
ところで、ここで気になる情報を一つお伝えしたい。
世田谷事件後、李が韓国や米国、フィリピンなどを転々とし、
やっかい者扱いされ、腐りそうになりながらも、


主犯の金田秀道や黒幕のX氏への復讐に燃え

やがてプロの暗殺者に転落していく様子を前回紹介した
(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/47082)。
今はカンボジアなどを拠点とし、山口組の大物組長だった
後藤忠政・元組長の支援を受けている可能性を指摘し

山口組分裂絡みの暗殺依頼を受けていることも示唆した。

ところが、李の現況を取材していくうちに、

日本の宗教団体が世代交代の機に乗じて、
宗教法人の巨大な資産を
巧みに海外に持ち出して隠匿したり、
マネーロンダリングしたうえで
個人資産に切り替えている実態に気がついた。
しかも、日本国内では暴力団対策法などで
シノギを奪われている暴力団関係者が海外に拠点を移し、
そうした裏工作を務めていることが判明。
そうした拠点として、韓国・ソウルや
中国・上海などと並びカンボジアや
タイといった東南アジアが急速に力を得ていることが分かった。
そうした国際的なビジネスの一貫として
暗殺請負組織が誕生しつつあり、
チャイニーズマフィアのメンバーや
韓国元軍人らの殺し屋を
日本や米国などに送り込むシステムが出来上がりつつある。
その一方で、日本人の武闘派組員や日系人、
外国人留学生・就労者らを提携する韓国などの
宗教団体に送り込み、格闘技専門学校に
2年間留学させたり、日韓両国の極右勢力が
経営に参加している警護専門学校に通わせ、
優秀な人材から次々と洗脳して、
プロの一級品の殺し屋として鍛え上げ、
送り出す計画が進んでいるという。
世田谷事件を機に自らの人生を大きく変えてしまった
李仁恩と、彼を取り巻く
巨大暗黒組織からますます目が離せなくなってきた。


(2015/12/30 11:51) テレ朝ニュース

世田谷一家殺害事件から30日で15年を迎えます。
警視庁の捜査幹部が事件解決を誓い、現場で献花を行いました。
 警視庁・釣宏志捜査1課長:
「必ず逮捕するという信念持って、懸命な捜査を行っていく」
 2000年の12月30日、東京・世田谷区の住宅で、
宮沢みきおさん(当時44)と妻の泰子さん(当時41)、
長女のにいなちゃん(当時8)、長男の礼君(当時6)が殺害されました。
警視庁はこれまでに延べ25万人近い捜査員で捜査を進めてきましたが、
事件は未解決のまま、30日で15年を迎えました。
30日朝、捜査幹部が現場の住宅の前に集まり、
宮沢さん一家に花を捧げ、事件解決を誓って黙祷(もくとう)しました。

世田谷一家殺害から15年を前に 情報求めチラシ配り
(2015/12/19 11:56) ANNnewsCH
世田谷一家殺人事件からまもなく15年になります。
警視庁の捜査員らが現場周辺で情報提供を呼び掛けました。

 警視庁・釣宏志捜査1課長:
「いまだに犯人が逮捕できず、本当に申し訳ない。
懸命な捜査を続け、必ず犯人を検挙する」
 2000年12月30日、世田谷区の住宅で、
宮沢みきおさん一家4人が何者かに殺害されました。
警視庁は延べ24万人の捜査員を投入しましたが、
事件は解決しないまま15年を迎えます。
警視庁は現場近くの駅などでチラシ4000枚を配布し、
些細(ささい)な情報でも連絡してほしいと呼び掛けています。
世田谷一家殺害事件遺族がBPOに申し立て
2015年12月14日 17:57 日テレニュース
 世田谷一家殺害事件の遺族、入江杏さんが、テレビ朝日の番組で
人権を侵害されたとして、BPOに申し立てを行った。

 申し立てがあったの はテレビ朝日が昨年末に放送した

元FBI捜査官がテレビ朝日記者とともに世田谷一家殺害事件の
犯人像に迫る内容の番組。番組に出演した入江さんは、
「過剰 な演出と恣意(しい)的な編集で、(自分が)犯人に心当たりがあり、
犯人像に賛同したかのような放送をされ、人権を侵害された」としている。

 テレビ朝日は、

「見解に相違する点があり、現時点で特に申し上げることはありません」
とコメントしている。 

世田谷一家殺害、遺族がBPO申し立て テレ朝番組
佐藤美鈴  2015年12月14日17時49分 朝日新聞デジタル
 東京都世田谷区で2000年末、宮澤みきおさん一家4人が
殺害された事件を取り上げたテレビ朝日の番組で
名誉などを侵害されたとして、
被害者遺族の入江杏さん(58)が14日、
放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送人権委員会に
審理を申し立てた。 
 申立書によると、番組は昨年12月28日放送の
世紀の瞬間&未解決事件 
日本の事件スペシャル『世田谷一家殺害事件』」。
元FBIの男性が犯人像を探る内容。
入江さんはみきおさんの妻泰子さんの姉で、事件当時隣に住んでいた。
 問題があったと指摘するのは、男性と面談する映像。
男性による「強い怨恨(えんこん)を持つ顔見知り犯行説」を
入江さんが否定しているにもかかわらず賛同したかのように描き、
入江さんが犯人の特定につながる
具体的な発言をしたかのように放送するなど
「過剰な演出や恣意(しい)的な編集があった」と 主張している。
謝罪と訂正放送を求めてテレ朝と7回面談したが、決着しなかったという。
 14日の会見で入江さんは
「あたかも犯人に心当たりがあるかのように強調された。
妹たちには恨まれる節はないという思いを伝えているのに、
亡くなった4人に申し訳ない」と語った。 
 テレ朝広報部は「見解に相違する点があり、入江さんには放送後から
ご説明を続けさせていただいておりました。
現時点でこちらから特に申し上げることはございません」としている。
(佐藤美鈴)
土地売買のトラブルか…世田谷一家殺害事件14年目の真相
(前編) 2014.12.29 07:50 DMMニュース
「いまだ解決に至っておらず申し訳ないと思う。
ささいな情報でも寄せて頂きたい」
 12月21日、現場近くの小田急線成城学園前駅で
報道陣にこう語ったのは、警視庁の青木樹哉捜査1課長である。
この日、情報提供を呼びかけるチラシを捜査員とともに配っていたのだ。
 2010年4月に公訴時効が廃止されたことで、世田谷一家4人殺害事件
(以下・世田谷事件)も「時効撤廃」が適用され、犯人が逮捕されない限り
永遠に捜査が継続されることになる。
前述の青木捜査1課長のコメントは
現場の悲痛な叫びにも聞こえなくはないが、
14年が経過した今もなぜ事件は解決しないのだろうか。

事件の背後に外交、政治家、宗教は3大要素が
 2000年12月30日午後11時ごろ~翌31日未明にかけて事件は発生した。
 外資系コンサルタント会社に勤務する宮澤みきおさん(当時44歳)宅に
何者かが侵入し、宮澤さん一家4人を殺害。
31日午前中に隣家に住む妻・泰子さん(同41歳)の母親が
4人の遺体を発見した。
 みきおさんは首など十数ヵ所を刺され、
自宅の階段の下でうつ伏せに倒れて死んでいた。
泰子さんと長女・にいなちゃん(同8歳)は
2階の階段近くで首や顔などを刺され、
長男・礼君(同6歳)は3階のベッドの上で死んでいた。
礼君は首を絞められたことによる窒息死だった。
泰子さんはひときわ残忍な方法 で殺害されており、遺体の一部には
明らかに死後に刺された痕跡が残されていた。
 犯人は犯行後に冷蔵庫から取り出したアイスクリームを食べ、
みきおさんのパソコンを使用し長時間にわたりインターネットに接続して
いくつかのホームページにアクセスするという謎の行動もとっている。
 犯行現場には韓国製のスニーカー「スラセンジャー」の足跡や衣服、
犯人の血痕など数多くの証拠が残されていたことから、警察は当初
「逮捕に時間は 掛からない」と確信。残忍すぎるその手口から動機を
「怨恨による殺人」とし、犯人を
「異常性格者」「外国人組織犯罪」などをターゲットに
捜査を行ない、ア ジア系犯罪組織、韓国系の軍隊経験者、
日本人の若者、宗教団体などが犯人像として浮上しては消えていった。
 犯人の遺留品の数々が現場に残されていながら、
犯人逮捕に結びつかない原因を
「警察の初動捜査のミス」に求める指摘もある。
「初動捜査のミスではなかったし、犯人が警察を陵駕するほどの
知能犯だということもない」(捜査状況に詳しい元公安幹部)
 警察の問題ではないとすれば、事件発生から14年が経過し、
前代未聞の殺人事件が迷宮化の様相を呈しつつしある要因は
はたしてどこにあるというのか。
「未解決事件には2つある。
1つは捜査が及ばずどうしても犯人の特定や逮捕ができない場合。
そしてもう1つが何らかの事情で未解決事件となってしまうケース」
“何らかの事情”とはいかなる事情なのか。
「外交、政治家、宗教は3大要素と断言できる」
 世田谷事件にも外交、政治家、宗教といった
“何らかの事情”が絡んでいるというのか。

立ち退き問題で都から代金が振り込まれていた
 筆者はある情報を人物から情報を入手した。
この情報は世田谷事件の
実行犯の正体に繋がる可能性が高い証言だと考えている。
 某組織に所属していた人物(A氏としておく)が、
2001年1月初旬、都内で開かれたある会合に出席していた。
この会合には暴力団幹部を中心とする闇経済従事者、
闇金融業者などが出席していたという。
 A氏は都内で数店舗を経営する某闇金業者と
関東の某広域暴力団幹部の会話を耳にした。
「やっと終わったよ。あれもとっぽい奴でよ。
やっと3000万回収できたよ」
 最初はよくある貸付けの回収話だと思って
A氏は聞き流していたらしい。
「しょうがねえよな。“東京都が年末に土地をどうたらこうたらで。
カネが作れます”なんて言っといてよ。
“実はできませんでした”とか言い出しやがって。
調べたらきっちりカネ入ってんのよ。
しゃねえから、あっち使ってよ……」
 宮澤さん一家が
世田谷区上祖師谷の土地・建物を購入したのは1990年5月。
東京都が宮澤さん宅のすぐ横にある
「祖師谷公園」の拡張工事を決定した1998年以降、
近隣一帯は拡張工事の対象区域となった。
そして立ち退きを求めて東京都が買収を開始していた時期だ。
 宮澤さん宅も立ち退き対象区域であり、
宮澤さんが東京都の立ち退き要請に応じたのが
事件発生の9カ月前にあたる2000年3月。
そして、事件の 1ヵ月前ごろには
「良い条件で売却も決まり、新たな引っ越し先も決まっていた」
(近隣住民)という。
さらに、事件を取材したルポライター氏はこう証言す る。
「みきおさんの父親によれば、お金は東京都が銀行振り込みで
売却代金の8割を振り込んだようです。
残りの2割は引っ越しなどが終わってから
振り込まれるという話だったようです」
 これらの証言を総合すれば、事件が起きた12月の段階で、
東京都から土地売買の代金が、
それも数千万円もの金額が振り込まれていたことになる。
この事情を理解したうえで、
A氏が耳にした会話を改めて読んで頂きたい。

 年末、都、土地、金
── この会話に含まれる
いくつかのキーワードが世田谷事件と
密接にリンクしている事実は偶然だろうか。
当時の闇経済に詳しい人物は証言する。
「宮澤さんも会社とは別に
自分でも何かやっていたと聞いたことがある。
ちょっと危ない筋や個人投資家との
金銭トラブルに巻き込まれた可能性も考えられる」
(後編に続く)(取材・文/中村透)

「宮澤さんは外交カードとして使われた」
世田谷一家殺害事件14年目の真相
(後編)- DMMニュース(2014年12月30日11時50分)
事件からちゅうど14年が経ったが、いまだに解決に至っていない
世田谷一家4人殺害事件(以下・世田谷事件)。
前編では、宮澤さん宅のすぐ横にある 
「祖師谷公園」の拡張工事を東京都が決定し、
事件の9カ月前の2000年3月に宮澤さんは
東京都から立退き料の一部を受け取っていたことを記した。
また事件直後、暴力団関係者がある会合で
犯行との関係性を匂わせる発言をしていたことも紹介した。 

部屋の中で起こった予想外の出来事とは 
 「あの犯行はまちがいなく韓国人か中国人の組織的犯罪だ」
(某暴力団組織の幹部)
 この幹部の証言を要約すると次のような事件の様相が浮上してくる。
 本来の目的は宮澤さん宅にあったカネ
(もしくが預金通帳)の回収だったが、
犯行現場で家族に騒がれた犯人が任務遂行のために全員を殺した。
パソコ ンを長時間操作していたのは、
パソコンの中にお金の使途や
関係会社に関する詳細なデータが残っており、
そのデータを消去もしくは転送するためだったとい う。
「いろいろな人間がいる。脱北者や金稼ぎに来た
元軍隊経験者、諜報機関上がりとかさ。
銃刀の扱いは無論、言語やパソコンにも精通している。
ただし今 回の事件を見ると犯人は素人に近い。
手口がやたらと派手なだけでなく自分も怪我までしている。
証拠も残しすぎていてプロとは思えない。
おそらく下部組織の個人的な関係で、
それこそ留学生とかそんなレベル」(韓国の諜報関係者)
 この人物が世田谷事件の実行犯を
「そんなレベル」と断定する根拠は次の三点である。

(1)殺害を目的としたプロならば自分の凶器や武器を必ず使用する
(犯人は量販店で購入した包丁と
宮澤さん宅にあった包丁を凶器として使用)
(2)殺害方法が荒すぎる
(3)犯人特定に繋がる可能性がある遺留品を現場に残しすぎている

「プロが依頼されたのならば綿密に計画を立てる。
家の見取り図、時間などそれこそ証拠も残さない。
この事件の手口は軍隊や諜報機関では決して教えない。
ただ犯人はやはりアジア系犯罪組織に所属している人物であることは
間違いないだろう」(同) ビジネスは
“アウト・ソーシング”が主流となりつつある。
リスクや煩雑さを伴う労働は外部に委託する。
このアウト・ソーシング化の波は何もビジネス界に限った話ではない
……日本の裏社会もまたしかりなのだ。
「こうした犯罪に日本人は使わない。
暴対法で上まで引っ張られるし、1人懲役に行かすとなんやかんやで
3000(万円)からの金もかかる。
その点、外国人犯罪集団に依頼すれば
相当に安い金でできるし、後腐れも無い」(前出の暴力団幹部)
 外国人犯罪集団が「カネの回収」の依頼を受け、実行犯に犯行を指示。
だがここで狂いが生じた可能性を筆者は推測する。
その狂いとは実行犯の思惑である。
実行犯は「カネの回収とパソコン内のデータの消去(もしくは転送)」で
済ませたかったに違いない。
凶器も量販店で調達した事実も
「凶器は脅しのため」という犯人の意図が見え隠れしている。
だが、その凶器を使わざるを得ない状況に陥った

──一見残忍に見える犯行も予想外の展開に
対応できなかった素人 ゆえの結果だった。
つまり、素人ゆえの支離滅裂な対応が結果として
“残忍な犯行”となったのではないか。

ヒントは2年後に起きた福岡一家4人殺害事件? 
こうした犯罪組織集団は宗教団体や日本の暴力団と関係が深い
各国の“圧力団体”に所属する。
依頼を受けある程度の報酬を受け取った後に祖国に帰るという。
もちろん偽造パスポートなどを使用し来日しており、
日本の今の法整備では簡単に逃げきれるらしい。
「仮に特定できても、
暴力団と警察の組織上層部はある程度繋がっているし、
外交問題などで日本が手を出しづらいのを承知している」(同)とも言う。
「実際に世田谷の事件ではないが、ある有名な殺人事件がそう。
調べればすぐわかる事件だよ。
その事件の実行犯が
都内の某団体に潜伏していたのは関係者なら皆知っていた。
もちろん警察もだぞ。でも警察は逮捕しない。なぜか? 
犯人が外国籍で某団体に所属していたからだよ」(同)
“某団体”とは暴力団、総連、民団、宗教団体などだろうか?
「某“特別な集団”だ。それ以上は言えない。
とにかく政府が最も手を出しづらい相手と言えばわかるだろう」
 2003年6月には、世田谷事件と極めて類似した事件が起きている。
福岡一家4人殺害事件」である。
 衣料品販売業・松本真二郎さん(当時41歳)、妻・千加さん(同40歳)、
長男・海くん(同11歳)、長女・ひなちゃん(同8歳)の
4人の遺体が 博多湾で発見された。
「金になると持ちかけられ犯行に及んだ」と犯人の一人が供述したように、
世田谷事件と同様金銭略取のために家族4人の尊い命が奪われ た。
 この事件では中国人留学生3名が逮捕され、
中国の司法当局により1人が「死刑」、
もう1人が「無期懲役」の判決を受けた。
捜査本部は「犯行を指示した人物がいるとみて
背後関係を調べている」と報じられたが、
その後この件に関する報道はない。
「暴力団と中国マフィアの関係だよな。
中国人の留学生を受け入れる仕事を日本の暴力団が引き受ける。
経営に困っている学校経営者に話を付けたり、
法務省関係者にわたりを付けたりしてビザを発給させる。
1人50万~100万円くらいだろう。
中国マフィアは日本に行きたい奴らを集めて300万からのカネを取る。
もちろん最初からまともに働いて返済なんか出来るわけもない。
結局、日本の暴力団からこうした犯罪を引き受けるようになる。
こっちにとっては最初 からそれが目的でもあるがな。
要は新しい犯罪実行の暴力団予備軍といったところだ」(同)
 福岡一家4人殺害事件の犯人が逮捕されたのは
逃げ道となる圧力団体が存在しなかったことが理由だという。
「世田谷の事件と構造は一緒だ。日本人が行なってきた犯罪が、
暴対法のおかげで外注されるようになったんだよ」

宮澤さん一家は「外交カード」として使われた?
ここで冒頭の謎かけの回答を書き記しておきたい。
 未解決事件には2つのケースがある。
1つは捜査が及ばずどうしても犯人の特定や逮捕が出来ないケース。
もう1つは“何らかの事情”で未解決事件となってしまうケース
──そして元公安幹部が未解決事件の“3大要素”として示唆した
「外交」「政治家」「宗教」。
 世田谷事件もこの3大要素が存在するがゆえに未解決事件となったのか
──? 元公安幹部は深い証言をした。
「初動捜査も通常通り行って、犯人もある程度の特定はできた」
 犯人もある程度の特定はできた
──ならばなぜ犯人を逮捕しないのか? 
それは世田谷事件が前述の三大要素が絡むがゆえの
未解決事件であることに他ならないからである。
 つまり世田谷事件は厳密に言えば未解決事件ではない。
犯人を特定していながら逮捕できない「解決不能事件」なのだ
「現在の凶悪犯罪の特徴は外国人による犯行が極端に増加していることです。
この場合ICPO(国際警察機構)に協力を要請するのは当然のこと、
他官庁や政府の意向、諸外国との折衝など多くの手続きを要します。
現実問題として外交問題が発生する可能性がある場合、
政治的配慮がとられても不思議ではあり ません」(法務省関係者)

 政治的配慮
──つまりこの法務省関係者の証言は
「政府の意向で殺人犯が野放しになっている」という
厳然たる現実を証明している。
そしてアジアに太いパイプを持つ与党議員は平然とこう言った。
「日本は外交カードがきわめて少ない国なんだ。
軍事でも貿易・経済でも日本が切れるカードはほとんどない。
その時に、こうした犯罪が
外交カードに利用されることは容易に想像できるよね」
 ある日突然幸せな一家の命が金で雇われた殺し屋に奪われる。
ほどなくして実行犯の特定がなされる。
だが警察や政府は外交問題で腰が引けた状態で動かない。
そして事件は迷宮入りする。
 国益という名の大義名分の下、
何の罪もない幸せな一家4人の命を奪った殺人者は野に放たれる
──これが日本という国家の現実だとしたら
……あまりにも恐ろしい現実ではないか。
(取材・文/中村透)

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